|
| オンタリオ州の田舎生活と都会生活 | |
![]() |
(1911年から1926年までの)15年間、モンゴメリと彼女の夫、ユーアン・マクドナルド牧師はオンタリオ州のリースクデイルという農村で暮らし、2人の息子、チェスターとスチュアートを育てました。リースクデイルでの生活は、海がなく、親戚が身近にいないという点を除いては、キャベンディッシュでの生活に似ていました。ここでは、モンゴメリは妻であり、母であり、牧師を支える助手であり、地域のまとめ役でした。 オンタリオ在住中に執筆した小説もプリンスエドワード島を舞台にしていましたが、村で日常囁かれるゴシップや、幼い息子たちの振る舞いや話した内容など直接引用することはなくても、彼女の生活のリズムが作品に織り込まれていました。例えば、「虹の谷のアン」の舞台はPEIですが、リースクデイルの人々は、「虹の谷」として描かれている場所は村の古い通学路のある地点をもとにしたものだと主張しています。1916年に第116大隊の兵士がリースクデイルを行進した時、モンゴメリはそれを写真に撮り、スクラップブックに保管しました。それから3年後、第一次世界大戦を背景にした小説「アンの娘リラ」を執筆した時に、彼女は第116大隊を戦時下のプリンスエドワード島を行進する父親や息子、隣人たちの一団へと変身させました。小説の中でアン・シャーリー・ブライスがしたように、モンゴメリも赤十字団を結成しました。モンゴメリは戦争のニュースを毎日グローブ紙で読み、スクラップブックに切抜きを足していきました。 (1926年から1935年にわたる)ノーヴァルでの生活は車の往来が激しく、1時間以内でトロントまで行ける電車もあったことから、リースクデイルの生活よりもあわただしく感じました。モンゴメリは家の裏手を流れるクレジット川や、寝室から見える松の木が立ち並ぶラッセルの丘の光と影が織り成す光景を眺めては心を癒していました。この時期のスクラップブックには、牧師の妻と著名な作家への周囲の期待や、夫の健康状態の悪化を思い出させるような身の回りの品は以前ほど見られません。それよりも、ノーヴァルでの生活の様子とますます深まるトロントとの関わりが、新聞の切り抜きを集めたページから窺えます。 トロントではカナダ女性記者クラブやトロント女性記者クラブに関連した晩餐会や公開討論会に参加し、朗読を披露しました。トロント大学やその他の学校でも朗読をしています。また、コンクールで審査員を務めたり、国家元首に会ったり、自らが参加した、数え切れないほどの社会活動をスクラップブックと日記に記録しました。 そのタイトルや長々と書かれた内容を見ていると、いかにモンゴメリの生活、おそらくは都市でのカナダ人の生活自体が、キャベンディッシュでの生活や、青写真や記念品、布地の見本、押し花などを集めていた時代から遠く離れてしまったのか、ということがわかります。 |
| 作品に見るカナディアンライフ 当時の世界の出来事: タイタニック号の沈没 | モンゴメリの時代における女性の役割の変化 |
|