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当時の世界の出来事−タイタニック号の沈没

Adriadic booklet and newspaper clipping postcard of the Megantic タイタニック号の沈没は、時がたっても人々を魅了し、震撼させる出来事の1つです。巨大な豪華客船は「不沈船」として知られていました。船の残骸が発見され、映画化された今もなお、船が氷山に衝突し、沈没した1912年4月15日に、実際に何が最悪の事態を引き起こす原因となったのか、熱い議論が交わされています。.

モンゴメリもこの沈没事故には大いに興味を惹かれ、同時に恐れを抱いたことでしょう。1911年7月、モンゴメリとユーアン・マクドナルドはホワイトスター社の客船、メガンティック号に乗船し、モントリオールからハネムーンに出発しました。9月に帰国した2人は、同社のアドリアティック号というクルーザーで再び航海に出ています。モンゴメリのスクラップブックに残されているアドリアティック号のパンフレットには、同船の説明に続いて、最新モデル、タイタニック号の「姉妹船」であるオリンピック号がまもなく定期運行されることが紹介されています。モンゴメリが旅行の計画を数ヶ月延ばしていたら、タイタニック号に乗船していたかもしれません。当時の日記にタイタニック号の沈没に関する書き込みはありませんが、写真や、記事、追悼記事など新聞の切り抜きが に貼られています。切抜きの中にはスコットランドのG.B.マクミランから送られたものもあるようです。ハネムーンの途中、モンゴメリは最初で最後となるマクミランとの対面を果たしました。

マクミランに宛てた手紙の中でモンゴメリは、タイタニック号の沈没事件が文化的起点となって、後に第一次世界大戦や、特にルシタニア号の沈没、そしてハリファックス大爆発などの出来事が起こったという考えをほのめかしています。1918年4月7日、モンゴメリはマクミランにハリファックス大爆発について次のように述べています。「タイタニックが沈没して以来、何と恐ろしいことが世界に起こりつづけているのでしょう!」(My Dear Mr. M:Letters to Mr. MacMillan 「G.B.マクミランへの手紙」、80p) 

タイタニック号が、「エミリーの求めるもの」(1927年)でヨーロッパから帰国するテディ・ケントが乗船するはずだった船、フラビアン号のモデルとなったのは間違いありません。小説では、テディが沈没する運命にある船に乗船する直前、エミリーの幻が現れ、テディの命を救います。

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