ボストン文学会
モンゴメリの最初の出版者であるL・C・ペイジが1910年11月に彼女をボストンに招待した時、ペイジはモンゴメリを彼女の作品を高く評価している上流文学界に紹介しました。資産家のペイジ家のゲストとして、モンゴメリはボストン作家クラブ(Boston Author’s Club)、カナディアンクラブ(Canadian Club)、そしてインターコロニアル・クラブ(Intercoronial Club)に紹介されました。ニューイングランド女性記者クラブの25周年記念式典では主催者側の列に立ち、300人もの参列者を出迎えました。モンゴメリはPEI出身でボストン在住の著名な作家、ベイジル・キングと出会い、もてなしをうけました。キングとは10年後、トロントで開かれたカナダ人作家の式典に一緒に参列しています。また、「ロングフェロー、ホイッティア、エマーソン時代の唯一の生存者」(モンゴメリ日記2巻、33p)であるトーマス・ウェントワース・ヒギンソン大佐とも出会いました。ヒギンソンは、エミリー・ディキンソンから送られた詩を読んで、出版しないように助言した人物として今では多くの人に知られています(写真と旅行をご参照ください)。モンゴメリはボストン滞在中、数多くの新聞に取り上げられました。その中の1つは彼女の訪問について、「まるでシャーロット・ブロンテのロンドン訪問を見ているようだ」(モンゴメリ日記2巻、30p)と書いています。アメリカ作家協会の有能な弁護士に助けられ、ボストンがペイジ社を相手取った長い法廷闘争の舞台になったことは何とも皮肉なことです。
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