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1911年3月にモードの祖母が亡くなり、7月にモードはユーアン・マクドナルド牧師とパークコーナーに住むキャンベル家のいとこの家で結婚式を挙げました。スコットランドとイギリスへのハネムーンでは、モードが子供の頃から読んでいた文学作品に関連した場所を見物して周り、帰国後2人はオンタリオ州リースクデイルのユーアンの教区に移り住みました。
マクドナルド家の生活は順調な滑り出しで、幸せに溢れていました。教会所有の牧師館とはいえ、ついにモンゴメリは自分の家を手に入れました。そして、母親にもなりました。モンゴメリは結婚以前に4冊の小説を出版し、短編集の出版準備を整えていました。リースクデイルの村で暮らした15年間、彼女は執筆を続け、それと同時に田舎の牧師の妻として、数ある義務もすべて果たしていました。
一家に悲劇が襲ったのは1914年のことでした。まず、戦争が勃発し、その8日後に次男が死産したのです。戦争はモンゴメリの日々の生活に苦痛をもたらしました。その多くは彼女の小説「アンの娘リラ」(1920年)に記述されています。1915年、三男が健やかに誕生しました。しかし、ようやく戦争が終結した時、モンゴメリの最愛のいとこ、フレデリカ・キャンベル・マクファーレンが戦争によって持ち込まれたスペイン風邪により死亡しました。その数ヶ月後には、ユーアン・マクドナルドが重い精神病の発作に襲われます。ユーアンは生涯にわたって、周期的に発症する精神病に苦しみました。そしてモード・モンゴメリ・マクドナルドは、夫の病の発作に対する緊張と不安、また恐怖から解放されることがありませんでした。それに加えて、モンゴメリは最初の出版社であるL・C・ペイジ社との9年間にわたる訴訟に巻き込まれました。
1つには教会の組合内で対立があったこと、1つにはユーアン・マクドナルドが自動車事故を起こし、運悪く訴えられたことから、一家はリースクデイルを離れる決心をし、トロント近郊で「クレジット川の分岐点」にあるノーヴァルへ移り住みました。一家はノーヴァルで(1926年から35年まで)9年間暮らしました。ノーヴァルはトロントに大変近く、モンゴメリは容易に短時間でトロントまで行くことができました。彼女は文学会や記者クラブで演説したり、ゲストとして参加するなど、公共の場での多様な活動を楽しみました。息子たちはすっかり成長し、彼女の作品は引き続きよく売れていました。しかし、夫の精神病は悪化し、もはや隠すことも無視することも難しくなりました。そのため、1935年にユーアンは聖職を退き、一家はトロントに移りました。
一家が最後に暮らした家、「旅路の果て荘」では、モンゴメリはガーデニングを楽しみ、猫と戯れ、執筆を進めました。息子の1人は弁護士に、もう1人は医者になりました。彼女は熱心な映画ファンとなり、以前と変わらず、朗読会や数多くの茶会に参加しており、主賓として招かれることも頻繁でした。しかし、ユーアン・マクドナルドの精神病に対するストレスは消えることがありませんでした。また、ヨーロッパからのうわさでは2度目の大規模な戦争が確実であり、モンゴメリは不安に駆られました。
L.M. モンゴメリ・マクドナルドは1942年にその生涯を閉じました。彼女はプリンスエドワード島のキャベンディッシュの、彼女が愛してやまなかった土地と海を見渡せる丘の上に埋葬されました。
モンゴメリは生前から世間の尊敬を集めていましたが、今日でもその人気は衰えていません。1923年、彼女はカナダ人女性として初めて英国王位芸術員に選ばれました。1935年にはフランス芸術院会員に選出され、大英勲章第4位を授与されています。1936年、この頃すでに彼女の作品に影響されて大勢の旅行者がキャベンディッシュを訪れていたことを主な理由に、カナダ政府はキャベンディッシュの土地を購入し、国立公園に指定しました。1943年、ルーシー・モード・モンゴメリ・マクドナルドはカナダ史上重要な人物として認定されました。1999年に彼女は20世紀のカナディアン・ヒーロー、トップ20の1人に選ばれました。彼女の小説は現在でも国際的なベストセラーです。

モンゴメリはその生涯において小説を20冊、雑誌向けの短編小説と詩をそれぞれ500編、短編集を2冊、詩集を1冊出
版し、3つの短編伝記を「勇敢な女性」という伝記集に寄稿しました。長年にわたって、彼女は朗読会や講演会を開き、
新聞や雑誌向けに記事を書きました。モンゴメリは12冊以上のスクラップブックや、2000枚におよぶ写真、素晴らしい
手工芸品、何百枚という切り抜き、そして自らの写真を添えた100万語にものぼる日記を後世に残しました。彼女の小
説は12ヶ国語以上に翻訳されており、モンゴメリはラジオやテレビ、劇場、映画館、音楽、芸術など様々な分野で創
作意欲を掻き立てています。
世界中の多くの人々にとって、L.M. モンゴメリはカナダそのものなのです。
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